今川氏の尾張進出と弘治年間前後の織田信長・織田信勝

今川氏の尾張進出と弘治年間前後の織田信長・織田信勝

愛知県史研究 第15号 平成23年3月
村岡幹生著
これを今読んでます。
伊勢神宮の弾正忠入道の見解、信勝との位置関係は資料を示されていて分かりやすいです。
橋場さんの、家督簒奪はスルー。
かねてから信勝が、父の晩年の居城であった末盛城を引き継いだことから、信勝が家督を継いだのではないかと思っていたので、この論考は興味を惹いた。
 しかしこのあたりは、かなり複雑ですね。
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~ Comment ~

なかなかよく調べているいい論文ですね。

ハンク様
こんばんは。
流石愛知県史という感じですね。
恥ずかしながら、著者の方は存知なかったのですが、今後の論考も楽しみです。

安城市史研究でもいい論文を執筆されていますね。愛知県史研究もいい論文ですが、欲をいうと、もう少し頑張って欲しかった感じです(批判は簡単ですので)。

ハンク様
信広のところでしょうか(笑
しかし、あの方の論考よりは手堅い様な気がしますが。
 

年次比定などです。とはいいましても、村岡氏の御論文は、あの時代の論文としては最高レベルのものだと敬意を表しています。「あの方の論考」というのは?

赤塚ですね。
そうすると、あの項は成り立ちませんね。

本能寺関係の著書で、自説に都合よく論考を書かれているあの方です。
 

了解しました。ありがとうございます。
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