泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
雑記です
何かと話題になる常用漢字改訂。
俺という字が話題だと言う。子供に教えて良いのかが、その論点だという。

本郷 2000年11月 時代劇を読む 吉宗の「おれ」 藤田覚著

によると、吉宗の話し言葉が伝わっているようだ。
例えば、内容は割愛させていただいて
「先刻のはおれがわるかった、其片が申す所、もっともなり、ゆるせ
「年は寄たれ共、この橋を踏み折るは、おれもまだ頼もしい」

筆者は、完全な話し言葉にはなっていないが、かなりそれに近い表現で書かれている。
もちろん、吉宗がそのように話したかどうかも確証はない。
しかし、自身のことを「おれは」とか「おれが」とか言うなど、吉宗の肉声が聞こえてくるような気がする
空耳か。と、述べられている。
俺、はそんなに言葉尻を取られる言葉なんですかね?

信長は自分の事を何て呼んでたんでしょうね?
本能寺の変時に、「余」と言う南蛮資料もありますが、俺も若い頃は似合ってるような気がするが。

追伸
私信です、アンディフグの墓は、大徳寺芳春院(前田家の菩提寺)のようですね。
尺限廻番衆
雑記です
朝日新聞6月17日夕刊
本能寺「三コウ」やっぱり虚構?
愛好家が検証
1、1706年伝信録には記述なし
2、1762年名人碁伝算砂が本能寺を訪れた事のみ
3、1849年爛柯堂棋話になって突然三コウの話が出てくる。
信長公記にも記述のないのはおかしい、また伝信録にある算砂に出したとされる朱印状は偽書と指摘する香川氏に三鬼清一郎氏も疑わしいと、語る。

京都新聞7月4日夕刊
旧本能寺跡の発掘調査で琥珀製の掛け軸の軸端が出土した事が分かった。
当時をしのばす光沢を放ってる。焼けた痕跡はなかった。
吉川代表は「信長が集め、茶室を飾った名品の一つかもしれない」と話してる。

これは、先のシンポで記事にも取り上げたもの。
京都新聞も、小出しに出てきますね。一面のカラーで記事にしてるのはイイ。

先日岐阜での茶話で話題になった林亀之助。
話題の人物福島正則分限帳では千八百石
与力6人を持つ有力家臣のようですね。

加藤弥三郎と岩室
神田氏の本など
雑記です。
昨日2回見れなかった大河を久しぶりに見ましたが、何とか分かる範囲でつながりました。
小松帯刀が、篤姫を慮る台詞を述べてましたが、分かる。
分かるよ、篤姫に自分を重ねて見ている視聴者(女性)の視点からみて、結婚していても
自分の事を見てて欲しい願望が、ここに花を咲かせたようだ。
しかし、小松ファンは面白くないでしょうね。
まだ、山口久光は再登場してないですね。待ちましょう、楽しみに。

やっと、神田千里氏の著作を購入しました。
最新刊は、複刊だったようで、昨年出されたものと迷いましたが、複刊のほうを買いました。
ポツポツ読み進むつもりです。

本能寺の変の前日に、対局したという本因坊算砂のいわゆる「サンコウ」に付いて、新説が出たもよう。
また、新聞記事手に入れて見てから、記事にする予定。

7月5日岐阜県立図書館で「宣教師の見た信長の岐阜」と題して岐阜市歴史博物館長が講演をされるもよう。要注目、発掘成果も、分かるようです。
雑記
5月25日にあった、本能寺のシンポジウムの関連記事が一週間おきに京都新聞で
あったようですね。
先々週は、シンポジウムがあった事の記事。
旧本能寺発掘調査跡(東側、堀が出てきた場所)の巡回しているところの写真が掲載
されてました。目を凝らして見ましたが、写ってませんでした。
今週の記事は、堀から出土した光明真言の卒塔婆。
法華宗の寺院から出土したのは、異例で本能寺の変に因むものかもと?思われる。
と言うのも、シンポでも結論はなかったように思う。
さあ、来週はI氏批判とはいかないまでも、反論記事でも出るのでしょうか?

岐阜の発掘調査、ポツポツ掘り進めてるみたいですが、ビッグニュースはまだみたいです。
こちらは、調査日記的なものが公開されてますので、要チェックです。

再来年の大河は、龍馬伝。
配役はまだ決まってないとの事。来年は戦国に戻り、また幕末と変わりばんこになってます。
早く、妻夫木君の「愛」の鎧兜姿を見てみたいものです。
追記
直江の正室役に常盤貴子が決まったとの事。
この二人、カバチタレで共演してた事を、思い出しました。
その時は、妻夫木君は無名でコンビニの店員役で、主役の常盤貴子はその客でした。
あれから、数年経ちましたが大河の主役をされるとは、想像もつきませんでした。
また、常盤貴子さんは炎立つ以来でしょうか?大河では珍しいですよね。
来年も楽しみですね。