泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
信長居館跡発掘
岐阜での発掘調査。
5地区22ヶ所で行われるもよう。

昨年度、庭園と見られる石敷きが見つかった三重塔付近及び
茶室か蔵とみられる建物の礎石と火災跡が見つかったけやきだに。
居館本体のある可能性が高い、明治大帝像前。
冠木門南東部。

これらを、19日から来年3月中旬まで行われる。

安土城跡の二十年発掘が終わり、寂しく思ってましたが、今年はこちらの発掘が目を離せません。
特に、居館本体。
果たして、どの様な規模のものが出土するのでしょうか?
けやきだにへ向かう道は、安土城本丸の様に、階段で登って行く作りなのでしょうか?
はたまた、独立した四重の建物なのでしょうか?
要注目です。
戦国時代の本能寺と織田信長
先に記事にしました、上記シンポ。
友人から行けないのでと、案内書を頂きました。
主催は、平安京・京都研究集会 後援 日本史研究会 だったんですね。
聞き慣れませんが。

報告は、あの吉川氏と、興味深い論文を多数執筆されてる河内氏。
コメントは、仁木氏と京都埋蔵文化財研究所の山本氏

と、楽しみな顔ぶれ。
一般来聴歓迎。とあるので、興味のあるかたはどうぞ。
本能寺跡
雪姫様の情報により、今谷明氏による論文が発表されるとのこと。
日文研が近く発行する「王権と都市」に載るらしい。
冊子か、本か分からないが是非手に入れたい。
記事を読むと、狭い範囲であったのは先の新聞記事で分かっていた。
あとは、公記との整合性をどこまで論考されるかが楽しみです(例えば厩と本堂との位置等)

あと。私が気になってるのが、果たして本当に信長時代のものか、再建本能寺か?はたまた織部の屋敷かと少し斜め読みしたい。
と言うのも、旧二条御所発掘でも短い年数で、二条家、二条御新造、大雲院と建物が目まぐるしく変わり、果たしてこれがどの時代のものかハッキリしないとおっしゃられていた(これが捏造云々の話)

今回の発掘調査では、それ以前江戸時代での地層がどのようだったかは、発表されてないようなのでその辺りもあれば謎は氷解するのですが。
戦国時代のお城は面白い
里山、遺跡のコラボ事業講演会
H20年3月9日13時から16時まで

於文化交流施設やまびこ館ホール

千田嘉博氏「戦国時代のお城は面白い 山城とくふう」
石田敏氏「織田信長の朽木越と城館ネット」

上記講演会が朽木であるようです。3月であれば雪も大丈夫でしょうか。
織田信長の隠れ岩に行って見たいので、休みが取れればいいのですが、、、
安土城20年計画発掘終了
織田創様ブログにて、知りましたこの記事。(ありがとうございます)

早いもので、あれから二十年経ったんですね。
色々ありました。毎年変わり行く安土城跡の姿に、ますます興味が惹かれ、
近い場所にあるところから、新聞記事が出ると、いち早く見に行ったものです。
天主台発掘調査現説は、多くの人で賑わっていたのが、つい此間の様な気がします。

最近は、この前も書きましたが、本当にこの様な形が良いのか疑問を持つようになりました。
大手道右側の石塁も、高く積み上げた復元をされましたが、その当時から批判があったように記憶します。

庭園を見つけられなかったのは、馬場平方面は諸事情で発掘できなかった事を指すのでしょうね。武村前大蔵大臣が、八日市市長で安土城を守る会の代表であった頃は上手く行っていたようですが。

ネット上も散見されますが、総見寺に対して的外れな批判をされてる方が見受けられます。
やめろとは思いませんが、、、、
と言いましても詳細にわたって記事にできないのが総見寺なのです。